アレクサンドロス3世はマケドニア王
フィリッポス2世と
エペイロス王女
オリュンピアスの間に生まれ、前342年、王にまねかれた
アリストテレスが「家庭教師」となる。都
ペラから離れた「ミエザの学園」で、紀元前340年までアレクサンドロスとその学友を教えた。こうして、王と共に
ギリシアの基礎的な教養を身につけた「学友」たちは、のちに大王を支える将軍となった。東征中、大王の要請でアリストテレスは「王道論」と「植民論」を書き送ったといわれる。大王も、世界各国から動物や植物を送り、アリストテレスはそれらを観察し、研究を続けた。アリストテレスとの交流はこうして、大王の死まで続いた。
紀元前338年、アレクサンドロスは一軍の将として父に従ってギリシアに出兵し
カイロネイアの戦いで
アテナイ・
テーバイ連合軍を破る。これが彼の初陣であったが、このときアレクサンドロスは精鋭の騎兵を率いてギリシア軍を壊乱させ、マケドニアの勝利に大きく貢献した。父フィリッポス2世は全ギリシアの覇権を握ると続いて
ペルシア東征を計画したが
紀元前336年に暗殺された。