イスラームの
啓典である
クルアーンの中の法制的部分や
ムスリム(イスラーム教徒)の従うべき規範を定めた
シャリーア(イスラム法)を重視する論者は、『イスラームはその定めにのっとって行うべき行為として単に
宗教上の信仰生活のみを要求しているのではなく、
イスラーム国家の
政治のあり方、ムスリム間やムスリムと異教徒の間の
社会関係にわたるすべてを定めている。』と主張している。このことから、『イスラームとは、単なる宗教の枠組みに留まらない、ムスリムの信仰と社会生活のすべての側面を規程する文明の体系である』という理解の仕方がある。
この理解に基づいて、近年はイスラーム研究者の間で「イスラム教」あるいは「イスラーム教」という「宗教」の側面のみを意味する「教(-ism)」の字を取り去って単に「イスラーム」と表記すべきであるという主張が行われ、ある程度の市民権を得つつある。この主張に従えば、イスラームの規程する諸側面すべてをイスラームと呼び、宗教としての側面をイスラム教、イスラーム教と呼んで区別することも可能であるかもしれない。
しかし一方で、このようなイスラーム理解はイスラームの律法的側面を過度に強調しており、スーフィズムにみられる精神主義などの多様なイスラームの形態を反映していないという批判も強い。