もっとも有名な実験は、
カエルの2細胞期に片方の割球を焼いた針を使って殺し、残りの割球を育てて、片方半身だけの
胚を得たことである。彼はこれを解釈して、
卵割によって、それぞれの細胞の分化が決定づけられてゆくと考えた。つまり、第一卵割によって、右側の細胞からは右半身が作られるように決定すると考えたのである。また、その理由を、受精卵には全身の器官への分化を決定する因子がすべて含まれており、細胞分裂によってそれが不平等に分配される事によるものと考えた。しかし殺した細胞を取り除いて同様の実験を行えば、小さいながらも完全な胚を得ることができることがわかっており、彼のこの考えは過ちである事が分かったが、彼の始めた手法が発生の過程とそれを支えるしくみの解明に多大な影響を与えたのは事実である。彼の弟子に当たる
ハンス・シュペーマンは彼の手法を推し進め、この分野での最大の成功を収めた。