イギリスは1815年、早くもアフリカ最南端の
ケープ植民地を領有して、その支配地を北に拡大し始めた。その後、1875年には
スエズ運河を確保し1882年に
エジプトを事実上の
保護国化した後、
ナイル川に沿って南下し始めた。1885年、エジプト統治下の
スーダンで
マフディー教徒が蜂起し、スーダンを完全に支配下に置いたため10年間ほどイギリスの南下政策は停滞した(
マフディー戦争)。しかしその後、イギリスは2万5千の大軍を動員し、鉄道を敷きながら南下し、マフディー教国を破ってスーダンを支配下に置いた。このとき、イギリス軍の先遣隊が、さらに南のファショダ村にフランス国旗が掲げられていることを発見し、急遽、軍を派遣した。
ファショダに急行したイギリス軍とフランス軍はあわや衝突かと思われた。しかし両軍の司令官会見で、事態の処理を本国にゆだねることになったが、相次ぐ軍部の不祥事で混乱していたフランス軍が譲歩し、翌年ファショダを撤退した。