連合国の方針により、日本軍の武装解除のため仏領インドシナ北部には
中華民国軍が、南部には
イギリス軍が進駐した。中華民国軍の影響下で、ベトミンは
ベトナム国民党などとの連立内閣を組織しており、翌
1946年の総選挙後もこれを維持していた。しかし南部ではイギリス軍が
サイゴンに上陸し、さらに旧植民地の再支配を謀るフランス軍が加わり、1945年9月末にはサイゴンの支配権を奪取したことで、ベトミンとの武力衝突が発生した。ベトミンはフランスとの交渉による解決を試み、1946年3月には
フランス連合内での独立が認められた。だが、フランスはベトナムが統一国家として独立することを拒否し、
コーチシナ共和国の樹立などベトナムの分離工作を行なったため、越仏双方が抱く意見の相違は解決されず、同年12月にハノイで越仏両軍が衝突したことで、
第一次インドシナ戦争が勃発した。