自由主義的改革を推進し、植民地人の主張に一定の理解を示した政策・改革を行った。植民地およびボイコットされた本国商人からの反対が強かった
印紙法に
印紙法撤廃法、植民地に強硬な勢力に配慮して
宣言法(議会の植民地に対する統治権を宣言した法案)を、それぞれ成立させた。しかしこの措置は
ジョージ3世 (イギリス王)からも植民地人からも支持されなかった。結果としてロッキンガムは1年で職を解かれた。しかしこのときの政治的混乱で、
ホイッグは国王支持(大ピット)派と野党(ロッキンガム)派に分かれた。これによって、
ウォルポール以来の
ホイッグの優越は新しい局面に入ったとされる。