松山以東は国鉄時代から
四国の重要幹線として位置づけられ、早くから
一線スルー化や
RC(遠隔操作)化でスピードアップに取り組んでいた。さらに
1986年、向井原 - 伊予大洲間について内子経由の新線が完成し、これまで伊予灘に面した伊予長浜経由の従来線で運転されていた特急・急行列車は、
内子線を含めた内子経由の短絡ルートに変更され所要時間が短縮された。このことは、従来線でしばしば起こった台風上陸などによる運転見合わせから解放されたという点でも重要である(
2005年夏に、相当な豪雨のため、並行する
松山自動車道や
国道56号、長浜経由の旧線と並行する
国道378号がすべて不通になったときもこの路線だけ不通とならなかった)。しかし依然として八幡浜 - 宇和島間は、総じて旧線と同じくらいかそれ以上に険しい道のりであり、
2006年夏に八幡浜 - 双岩間で倒木に上り特急列車(
2000系)の先頭車が接触し損傷してからは、旧線が運転見合わせになった場合、ほぼそれに合わせて徐行または運転見合わせをするようになった。民営化後も高松から伊予市までの電化による電車(
8000系・
7000系)の投入や
重軌条化、未改良だった駅構内の一線スルー化、
弾性分岐器化により高速化が図られ、単線区間を運転する列車の
表定速度は全国でもトップレベルである。
ただし、多度津以西は単線であるのと、各駅の
有効長が特急停車駅でも8両であるため、輸送力は限界に来ている(
ダイヤを見れば分かる通り、交換駅ではほとんど待避列車がある)。また、
特急停車駅以外では有効長の短い駅が多いのと
運転停車を減らすため、ダイヤ面で特急列車の交換は極力特急停車駅で行うように苦心している。特に
松山駅以西では多客期に特急列車を増結して最大8両編成(通常は3 - 4両、朝の上り「
しおかぜ・
いしづち10号」のみ通勤通学対応で7両)にするために、交換駅の変更やローカル列車の運転時刻変更を余儀なくされている。なお、かつて特例として、団体輸送のために
キハ185系「しおかぜ」の5両編成を2組併結した10両編成や
1990年11月ダイヤ改正前に2000系の松山運転所への車両の送り込みで6両(営業)+4両(回送)の10両編成で高松 - 松山間を運転したことはある。