1955年以後消息不明となって死亡説が定着し、
1965年に日本の公安当局も死亡したとして捜査を打ち切った。しかし、
文化大革命終了後、中国は
喬石の決断で伊藤の釈放に乗り出す。
1980年8月23日、中国政府は伊藤が中国で生存していることを発表した。伊藤は27年ぶりに釈放され、
9月3日に伊藤は29年ぶりに帰国した。帰国時は伊藤は67歳で車椅子に乗っていた。伊藤投獄は日本共産党幹部であった
野坂参三の意向だったと報じられた。これに対して日本共産党はほとんど黙殺に近い反応を示した。