南海会社は、当時危機的状況にあったイギリス財政を立て直すべく創設された。イギリスの財政状況は、その歳出のうち債務の返済・利払いと軍事費でその9割以上を占めるほどに逼迫していた。これを憂慮した当局が、公的債務整理のために設立した。ダブついていた債券と証券の一部を強制的に南海会社株に転換させ、国庫支援と南海貿易による利潤で利払い等をまかない、これによって公的債務を整理することがその目的だった。
南海貿易は、
スペインとの交渉によって得たアシエント貿易権、すなわちアフリカ-スペイン領西インド間の
奴隷貿易の権利を行使し、利潤を生み出そうというものであった。しかしながらこの貿易がうまくいかなかったこと、ならびに試験的に導入した
富くじ債が成功をおさめたことなどから、南海会社は金融会社的性格を色濃くしてゆく。
1720年の
南海泡沫事件 (South Sea Bubble) は、基本的に上の金融会社化路線の延長にある。
株の交換における
トリックによって、ごく短期に、爆発的に南海会社の株価はつり上がったが、
臨界点に達するとあっけなく暴落した。「南海成金」とよばれる人々と、多くの破産自殺者を生み出す結果となった。この事件に関しては、
南海泡沫事件を参照のこと。