その後、メインアリーナは、競泳以外のイベントにも対応できるように、冬季はアイススケート、春季・秋季はプール部に木のパネルを貼って、体育館として利用できるようになっている(但し、吊り橋構造への影響を考慮し、プールの躯体は現存し、鉄骨を組み蓋をしているだけ)、今日では第一体育館は
アイススケート、
バレーボール、
フットサル、
ハンドボールなどに用いられる。さらに、
1983年、
CHAGE and ASKAが初めてコンサート会場として使用して以降はコンサート会場としての利用も多くなったが、
東京ドームと同様、天井が高く反響が遅れるため、音響の悪さは折り紙つきである。その他、アリーナ部分のスペースが広く取れることから、花道や派手な演出も出来る為、K-1 WORLD MAXや
戦極などの大会を度々行っている。なお、隣接するサブプール「インドア50」は現存しており、団体専用に貸し出されている(2006年までは個人利用も可能であった)。
体育館の設計は、
丹下健三の手によるもので、丹下の代表的作品でもある。どちらも、
吊り橋と同様の技術(吊り構造)を用い、1本または2本の主柱から屋根が吊り下げられ、観客を競技に集中させるために考案された内部に柱を持たない、珍しい構造の建物である。その評判は、東京オリンピックの時にアメリカ水泳選手団の団長が「将来自分の骨を飛び込み台の根元に埋めてくれ」と申し出たと伝えられるなど、戦後日本を代表する名建築として、高く評価されている。