日米安全保障条約の締結により日本は国土の防衛を
アメリカに一任できるようになり、高コストの軍事費(防衛費)を抑え経済政策に優先的に配分できるようになった。国民所得倍増計画の目的は輸出増進による
外貨獲得を主要な手段として国民所得(国民総生産)を倍増させ、これによって雇用を拡大し失業問題を解決する(
完全雇用を目指す)ことで
生活水準を引上げることにある。またこの過程で地域間・産業間における所得格差の是正もその目的とされている。具体的には農業近代化、中小企業の近代化、経済的な後進地域の開発(工業の分散)である。
計画の数値目標は1960年度の国民総生産額である13兆6000億円の2倍、26兆円を10年以内に達成するというものである。なお、1960年度から年間平均11%の経済成長率を維持し、以後3年で17兆6000億円に到達させることが中期目標とされた。
しかし日本経済は予想以上の成長を遂げた。実質国民総生産は約6年で、国民1人当りの実質国民所得は7年(
1967年)で倍増を達成した。経済成長率も驚異的な記録を見せ、計画開始1年目(1961年度)にして早くも目標が達成された。これによって政府は計画の見直しを迫られ、早くも高度成長の「その後」の手当を図ることとなった。