西南戦争の戦費調達のために
不換紙幣が濫発された事によって、戦争後に大規模なインフレーションが発生していた。当時の大蔵卿
大隈重信は、このインフレーションの原因を経済の実態は紙幣流通量に近く、
本位貨幣である
銀貨が不足しているだけだと考えて、「積極財政」を維持して
外債を発行してそこで得た銀貨を
市場に流して不換紙幣を回収すれば安定すると主張した(
大隈財政)。一方、次官である
大蔵大輔の松方は単に
明治維新以来の政府財政の膨張がインフレーションの根本原因であって不換紙幣回収こそが唯一の解決策であると唱えた。松方の主張は長年
財政に携わってきた大隈の財政政策を根幹から否定するものであり、大隈の激怒を買う。この対立を憂慮した
伊藤博文が松方を
内務卿に抜擢するという形で財政部門から切り離して一旦は事態収拾を図った。ところが、
1881年の「
明治十四年の政変」で大隈が政府から追放されると、松方が大蔵卿に任命されてインフレーション対策の責任者となる。