1974年、
佐々木直の後を受けて第23代日本銀行総裁に就任。これ以後、日銀と大蔵省の出身者が交互に総裁職に就くという、所謂「たすきがけ人事」の慣行が、
2003年の
福井俊彦総裁誕生まで続くことになる。総裁の座に就いた森永は、早速、第1次
石油危機後の対応に迫られることとなった。
小宮隆太郎や
堀内昭義等の
経済学者から、佐々木前総裁の
金融政策運営が、
マネーサプライの管理に失敗したとの指弾を受けた為、森永日銀は公には否定しながらもマネーの適正管理に配慮をした政策運営を執ることとなった。結果、日本経済は
石油危機から立ち直ると安定成長軌道に乗り順調な拡大路線を突き進むこととなった(当時の人々にとってみれば、石油危機後の経済はそれなりに苦しかったようだが、1990年代後半から2000年代前半にかけての
デフレ不況を思えば、それも隔世の感がある)。
1979年、日銀総裁を退任。後継総裁にはたすきがけ人事の慣行に倣い、日銀プロパーの
前川春雄が就いた。