上記の財閥と異なり、創業者には技術者出身が多い。このため、重工業中心で「芋づる」方式と呼ばれる、企業間において関連性の強い生産関係を持つ。既存の財閥では貧弱な化学産業を中心に発展していった。海外での市場を狙い、日産コンツェルンは
満州で、日窒コンツェルンは
朝鮮で鉱山などの事業を展開し、現地社会にも強い影響を残した。また、理研コンツェルンは
理化学研究所の活動資金調達のために成立したユニークなコンツェルンであり、同族支配が行なわれず、「
農村工業化」などを打ち出して
新潟県柏崎市などで地方の工業化につとめた。
新興コンツェルン以外で、昭和初期〜第二次世界大戦中に発展した中堅財閥。これらは
原安三郎が率い朝鮮で事業を展開した中外コンツェルンや沖縄・
大東諸島においてプランテーション・鉱山事業をおこなった
大日本製糖を中心とした
藤山コンツェルン、
マレーシア・
シンガポールを拠点として鉱山・海運・化学事業を手がけた
石原産業など、おもに朝鮮や南方における諸事業を展開して成長した。ただし、既成財閥に較べて有力な金融機関や持株会社を持たず、新興コンツェルンに較べて技術力や事業の連関性が劣っていたため、いずれも中小規模に留まった。