飯田清三が社長だった
1941年に日本初の
投資信託業務の認可を受け、
1946年に東京に本社を移転(現在の日本橋本店旧館はもともとはリバービューホテルと言うホテルの建物だった)。
1949年に
東京証券取引所正会員となる(当時の社長は
奥村綱雄)。
瀬川美能留が社長であった
1961年に株式を東京証券取引所・
大阪証券取引所・
名古屋証券取引所に上場し、
1965年に調査部を分離独立して株式会社
野村総合研究所(NRI)を設立している。戦後における今日の野村證券の土台を築いたのは、「ダイヤモンド経営」を標榜した奥村綱雄と瀬川美能留のコンビで、さらに瀬川から野村證券社長のポストを引き継いだ
北裏喜一郎は、その基盤をさらに強固なものに仕上げ、今日の国際化時代に大きく飛躍させた。野村證券の国際化志向の経営戦略は、創業以来の伝統と見るむきもあるが、北裏喜一郎の徹底した国際化政策が奏功した。